“ディスコ”の語源

 ディスコ史において最も重要な出来事は、ストーンウォール暴動である(以前ここで触れた)。ゲイ・ピープルの解放運動のさきがけとなったこの事件は、ディスコ文化にとってのビッグバンであった。ディスコが、黒人でゲイという二重に虐げられた人々のコミュニティから生まれた文化であることを我々は認識しなくてはならない。これは先日観た映画『Maestro』も同様のことを言っていた。


 しかし、“ディスコ”という名称の語源自体はストーウォールの暴動('70)を遡ること四半世紀、第二次世界大戦中まで遡ることができる。ナチスの手により陥落したパリのナイトクラブでは、バンドによる生演奏が禁じられていた。自然にバンドのかわりにレコードをかけるクラブが登場し、“ディスコティーク”と呼ばれるようになった。これが短縮されたのがディスコだ。

僕の手元にある大げさな方の資料には、こんな事が書かれている。大げさな本なので、話半分に聞いて欲しい。


黒人の音楽であるジャズは、フランスのレジスタンス活動家に強い共感を呼び起こすものだった。ナチスユダヤ人にもまして黒人を嫌った。だからこそ、反抗の音楽として最適だったのである。*1
つまり、ナチスに抵抗するレジスタンスの溜まり場として発生したのがディスコだったという話だ。戦後、サルトルボーヴォワールらがサンジェルマンの地下のディスコでチークを踊っていたというエピソードも記述されているが、僕は眉唾物と考えている。だって、世界最初のDJがトーマス・エジソンだって言ってる本なんだから。


さらに語源を遡ると、二次大戦以前、港町マルセイユのバーに音楽好きな船乗りたちがレコードを保管し、寄港すると自分のレコードを聞いて楽しんでいたという。これがディスコティークの始まりで、のちに戦後にレコードを聞かせるクラブとして金を取る形態の“ウィスキー・ア・ゴーゴー”などがオープンしたという。
多くのテクノロジーは戦争から生まれた。カメラ、コンピューター、原子力、ロケットこれらすべて戦争なしには発展しなかったものだ。ディスコも戦争から生まれたもののひとつのようだ。また別の機会にナチスとディスコの関係について書くと思う。

*1:『そして、みんなクレイジーになっていく―DJは世界のエンターテインメントを支配する神になった』ビル ブルースター、フランク ブロートン/著 島田 陽子/訳